2007.5.25 「歴史の波間―ツァールスコエ・セロ」の巻

 サンクトペテルブルク到着の翌日は、まず車でお出かけ。郊外のツァールスコエ・セロはかつての皇帝一家の夏の避暑地である。

 ここのエカテリーナ宮殿には、かの有名な「琥珀の間」がある。琥珀色、ではなく、壁一面を琥珀そのもので埋め尽くした、文字通り琥珀でできたこの部屋は、第二次大戦中にその壁の琥珀をナチス・ドイツに持ち出され、破壊された。ロシアはそれを20年以上という歳月と(たぶん)国家の威信をかけて修復、2003年に復元完了し、現在は一般公開されている。
 この「琥珀の間」については、修復完成前後にテレビなどで見て、多少の知識はあった。だけど、それを自分の目で見る事が人生にあるなんて思いもしなかった。ロシア旅行に(サンクト)ペテルブルク行きが確定しても、郊外のその場所へ行く事ができるという確信がなかった。
 そんな、半ば夢見心地な気持ちを抱えたまま到着したツァールスコエ・セロ(皇帝の村、の意)。そこでまず出迎えた現実は、入場料がバカ高い、という事実だった(爆)。だって、宮殿に入る前に、その宮殿のある敷地(宮廷公園)への入場料がかかるんだよ!ぼったくりだよ!その公園に入らなきゃ宮殿に入れないし、当然「琥珀の間」も他の部屋も何も見れないってのにさ!! 何だよ!!…と少々憤りつつも、公園入場料を払い、長〜〜〜〜〜〜〜〜〜い行列を待って更に入館料を払って宮殿内へ。内部ではまずはガイドツアーなので、ロシア語がわからないながらもついて歩き、豪華な夏の離宮を見学。しかもここで思いがけず、ファベルジュの卵にも出会ったのであった(「クレムリンと宝物2」の巻 参照)。らっきー♪(但し、制作者は孫。)

 さて、宮殿と庭園を堪能した後、小さなツァールスコエ・セロの村をぶらぶら散歩してから、ペテルブルクへの帰途についたのだが、その時興味深い事情を垣間みた。友人が、道を尋ねる為に車から通りすがりの初老のご婦人に声をかけたのだが、その会話の中に「レニングラード」という言葉が聞き取れた。ロシア語がわからないながらも、ツァールスコエ・セロからペテルブルク方面へ出る正しい道を聞くための会話だと思っていたので、なぜにレニングラード?と思ったら、友人曰く、「“サンクトペテルブルク”という名前ではわからなかったようだから、“レニングラード”と言ったら理解したの。」高校ぐらいの歴史でも習ったが、サンクトペテルブルクはかつてソ連時代にはレニングラードと呼ばれていたのを思い出した。人生の大半を改称前の町と過ごしていた彼女には、元々の名前が未だ身に付いていなかったのだろう。





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